色んな変遷を経た結果、結局クリスタルは僕にとって「自分を移す鏡」みたいな存在かな?!!
気力体力ともに充実してる時、クリスタル達は透明感・輝きを増し、ルチルの針はより金色に、
シトリンの黄色は黄金色に輝いて見えます。
逆に減退してる時や良からぬ考えに囚われてる時は、不思議なもので
確かにクリスタルは濁って輝いて無い。
最初の頃は、神仏じゃないけれど拝みの対象みたいにしてましたが、それでは何も答えてくれないんです。
WANチャン大好きなんですが、子犬を家族の様に育むみたいに、クリスタルを眺め扱う、、、
時にはポケットに入れて散歩したり自然を見せたりしてます。
WANちゃん、親(飼い主)が元気に明るくしてれば、WANちゃんも明るく元気にはしゃいでますが、
親が暗く元気がないとWANちゃんも落ち込んでますよねえ、まるであれと同じように思えます。
まあ早い話、クリスタルだけでなく色んな原石のあの透明感や輝きや不思議な吸い込まれる様な魅力に
本能的に魅せられてるってことなんですが、
時には、頭痛してる時にクリスタルの先をこめかみに軽く当ててみたり、
肩凝りの酷い時にの同じようにしてるんですが、気のせいか少しは楽になるような気?がします。
その時に痛みが無くなることをイメージすることが大切なんですが、
クリスタルを介してる点では増幅器みたいな性格もあるのかもしれません。
でも、色んな効能を期待するよりも、自分にとって原石は「ともに在る」存在と言った方が近いかな!!